柔道ニュース 『井上康生先生講演会』

みなさん、こんにちは。
強い寒気の影響で、今日のニュースでも各地から大雪の便りが届いています。
今年もいよいよあと僅かとなりました。
コロナ禍に振り回された一年でしたが、またここに来て「オミクロン株」が感染力を深めつつあり、何とか感染拡大を食い止めたいと思いを募らせております。

さて、今回のテーマは『井上康生先生講演会』です。
令和3年11月17日、HULFT DAYS 2021というイベントの特別講演として『オリンピックでの過去最多 金メダル獲得の裏側 〜データ活用で導く勝利への道〜』という演題で講演されましたのでご紹介したいと思います。

■オリンピックが終わっての率直な感想
⇒ 勝負の世界だから勝ち負けはあるが、何より様々な方々のご声援・ご協力の元ですばらしい場所で戦えた、選手達が日頃努力してきた物をすばらしい場所で発揮できたという事が全てだった。選手達が良く頑張ってすばらしい試合をしてくれた。

■リオ五輪で全階級メダル獲得と日本柔道復権で沸いたが、今回の五輪までにこの5年間活かした事、変えてきた事、やってきた事は
⇒ リオから当初は4年の筈がコロナの影響で5年になった。
コロナの経験も踏まえて様々な学び、気付きのあった5年間だった。
リオまでの過程である程度自分で定めるベースはあったが、自国開催の大会に向けて戦略を考えていく中で、データの活用は大きな力になった。
社会がデータ化・デジタル化が進んでいる中で、柔道界においてもそれらを活用しながら選手や組織の能力を上げていった現状はあったと思う。

■柔道界におけるデータの収集・活用について
⇒ 日本代表選手達のパーソナルデータはもちろん、競合となる選手達のパーソナルデータ、試合分析、映像など様々な情報を収集してフィードバックしていくシステムを作った。作ったというより、以前から科学研究部というスペシャル集団が存在した。今回も石井氏を筆頭に活躍してくれ様々な情報を提供してくれた力は絶大だった。
また、柔道は減量競技でもあり、コンディショニングデータをまとめていったりとか、コミュニケーションツールの確立等も含めてデジタル化を進めて行きながら強化に活用していった。
パーソナルな面では、自分の長所・短所を知り、長所を伸ばし短所を改善していくには何をしていくのかを数字で出していきながら、選手達に意識付けをしていった。
対戦相手との相性、技の分析等もしていきながら、傾向を分析して注意すべき点を考えるとか、その選手の近年の動きから新たな技を習得しているかもしれないといった予測を立てた上で対策を練っていくといった形でも活用した。
当初は選手達もこうした取り組みとは縁遠い存在で、ピンと来ない様子だったが、今ではすっかり浸透してきて、進んで活用して自分達の能力向上に努めている。
組織全体が良きカルチャーを作った上で、この組織が成長していっていると感じている。
理想像は如何に個の力を最大限に伸ばしていきながら、誰しも出来ない柔道、誰しも出来ないその選手の能力を引き上げていく作業が必要と思っていた。そうした中でデータを活用していった。
また、一流選手になる人は、自己肯定感を持っている。自分はやれる、自分は強い、自分は必ず世界チャンピオンになるといった思いを強烈に持っている人が多い。
自分自身の理想を掲げた上で、そこに向けてとことんまで努力して突き進んで行けることが非常に大事な要素と思っている。
パーソナルデータにおいても、今の現状はこうだ、でも、こういうデータの元でより一層自分自身を伸ばしていける要素はある。だからここを追求していこうというふうに、次、次という思考になれるような、そういう活用の仕方はしてきた。数値で見る事でその辺が明確になってくるので、選手達の進むべきところの整理は出来たと思う。
もう一つは、リスクマネジメントとして、最悪な想定が出来る人間、最悪なケースを想定してそれの準備が出来る人間が強いと思っている。
東京オリンピックの時、大野選手が『防衛的悲観論』という言葉を使っていたが、まさしくそれで、それが出来た時に隙がない、そつのない選手が作り上げられていく。そういったあたりもデータで見ていくと、こういった傾向になった時はダメだとか、例えば3分過ぎるとスタミナが切れていってだんだん落ちてくるなとか、ゴールデンスコアになったら早々に負けているとか、逆に試合開始早々にポイントや反則を取られているとか、そういったものが見えてくると、改善ポイントや対策・準備も見えてくる。
スポーツ選手、柔道選手においても感覚的な物を大事にすることはとても重要。スポーツは一瞬の閃きの中で対応を求められる競技なので、それが無いと勝ち抜いていけない。しかしながら、それだけでは本物にはなれない。そこの裏付けとして、データの活用は非常に大きかったと思っている。

■データを選手達にどのように伝えていったのか。気をつけていた点など
⇒ 組織力をどう作っていくか。選手はもちろん、世界一を目指す選手達を育成する為には、コーチ、サポートスタッフ等を如何に強固にしていくかが大事なポイント。各階級毎に担当コーチを付けて、選手達と細かいコミュニケーションを取れるようにした。サポートスタッフも担当を細分化させてフィジカルコーチやコンディショニングコーチ、事務的な物をまとめる総務コーチ、情報分析、メンタル等、それぞれの役割の元で組織を成長させていく形を作っていった。
監督としては、大枠の中でコーチやスタッフ、選手達をマネジメントしていく事はしたが、細かい部分では各分野の人に任せて選手達と密にコミュニケーションを取っていくシステムに変えていった。
だから、試合の時にセコンドに監督は着かないのかとよく質問されるが、そこに着くのは担当コーチ。情報の共有をしっかりとしていたので、監督である私が突然いなくなったとしてもやっていける組織にはなっていたと思っている。
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■コーチ陣の役割分担が明確にできていると選手達も分かり易かったのでは。
⇒ 各々とのコミュニケーションをしっかり取って、風通しの良い組織を心がけ、良い意味で仲も良く、良い意味で色々な意見も言い合える最高のチームだったと思っている。
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■グローバルな目線で世界最強を目指す選手達にどうマネジメントしていったのか
⇒ ロンドン五輪で敗れた後、世界って強いとか、世界って凄い、世界って広いという感覚が凄く起こってしまった。先ずは我々の良さって何か、悪い所って何か、世界と比べて劣っている部分って何なの?今回負けた理由等をしっかり見極めた上で世界を見ていく事、世界ってこういうところが凄いとか、こういう分野が発達しているとか、逆にこの辺は日本の方が上だとかを考えて世界の目標に向けて取り組んでいく事が、我々がやるべき事がより明確になっていくし、世界と戦っていけるポイントになっていく。
合宿でも、選手達の個性を伸ばす為には何をやるべきか、その為には各々が各々にしか出来ない世界観を作り出す事が大事。柔道のプロフェッショナルである事は大事だが、それだけで選手の能力を伸ばせるかというとそうではなく、専門領域外の事に目を向けたりする事で枠を越えた発想が出る力が身についていき、それが又個性に変わっていくと思ったので、全然関係無い分野のトレーニングも取り入れて行った。
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■メンタル面とロジカルなデータ面の両面から取り組んでいったと理解した。データ活用の一例を教えてもらえたら
⇒ 今回のオリンピックで大きな力を発揮した分析の1つとして審判の傾向分析がある。オリンピックと他の国際大会を比較した場合、指導や反則を取るタイミングが若干他の試合に比べてオリンピックは遅い傾向にあるというのがデータに出ていた。何故かと言えば、オリンピックは非常に注目度が大きく、見ている人も多い。審判心理として、柔道の魅力は技にあるから、反則で勝負が決するより技で勝負が決する方向に持っていきたいという気持ちが働く。実際に東京オリンピックでもその傾向は見て取れた。だから、その傾向を試合にも活かして、戦術は慌てる事なくじっくり丁寧に試合をしていこうとなった。
戦略的な例を一つ。ランキング上位8位だけにシード権が与えられ、準々決勝までシード選手同士は対戦しない。だから東京オリンピックに向けてピーキング、シード権を如何に取るかに注力した。リオ五輪でも84%がシード権を取った選手がメダルを獲得したデータがあった。その為、東京で金メダルを取るという目標に対して、シード権を取る事は必要なファクターだった。その為、シード権を取るにはどうすれば良いか、どの試合に出ればポイントが稼ぎ易いのか、あと何ポイント取ればシード圏内に入れるか等を分析して戦略を立てた。

■データ活用に際して当初は葛藤もあった中でどうやって浸透させていったのか
⇒ 当初は選手達は数字に対する戸惑いやアレルギーもあったが、科学研究部が細かく説明してくれ、徐々に浸透していき、今ではそれが当たり前になってきた。
自分が現役時代はそんな文化は全く無かった。ある先輩はビデオ研究をしていると『そんなのを見てもしょうがないだろう。投げりゃいいんだよ』とひと言で片付けられた。確かにその通りだけど、そうする為の力に変える為の1つのツールであり、選手達の能力を少しでも上げるのに役立つなら活用したいと思っていた。
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■今取り組んでいること
⇒ 周囲からは今後益々日本柔道は強くなっていくのではとの声を聞くが、そんな簡単なものではない。今、IJF(国際柔道連盟)では、映像分析にとても力を入れていてIJFのサイトを見れば、誰でもどこでもどの試合でも見る事が出来る。全世界の選手達がこの分野を活用していくようになり、この点で差別化出来なくなる。また、これから先は、より一層日本の選手達も研究されるようになる。
しかし、データはどう活用していくかで差が出てくると思うので、これからもより一層発展させていく事が大事になる。
一方、普及の部分においても情報分析の力が大事になって来るのではと思っている。
どうしたら競技人口を増やしていけるか、今の傾向ってどうなっているのか、町道場って全国にどれだけあるのか、どういう所にあるのか。フランスでは明確にデジタル化されている。今、世界で競技人口が多い国の1位がフランスで60万人以上、日本は12万人程度。日本で生まれた柔道というものに誇りを持つべきだとは思うが、海外の良い所は海外と良い意味でスクラムを組んで柔道の発展へとつなげていく事は非常に大事だと思うので、意見交換をさせてもらいながら取り組んでいこうとしている。
今後より一層色々な方々に柔道っておもしろいな、柔道って楽しいよとか、カッコいいとか、じゃあ、会場に足を運んでみようと思って貰えるようなものにしていくとか、大会の運営も、良い意味で柔道らしさを消さないように、かつ、何か良い演出等も活用していくと変わっていく事もあると思っている。
柔道をやる目的は、勝つ事も大事だが、それは一部であって、究極の目的は柔道を通じて培ったものを社会に還元・貢献するかだと思っている。
今日紹介したデータの分野等を活用した上で、色々な取り組みをしていく、また、それが社会に還元していくという形になっていくと本物になっていくと思っている。
最後に今日話したかった事は、私自身がこうしたからああしたからではなくて、柔道が今回の東京オリンピックで活躍出来た理由は、そういう裏があったと言うことを知ってもらいたいと思ったから。偶然に出来たのでは無くて、必然的に色々な事をした上でこの結果が生まれたという部分と、その必然的に生まれた裏に科学研究部の大きな力、コーチやスタッフの大きな力、選手の頑張り等があったという事を少しでも知ってもらいたいという思いで出させてもらった。
これからもよりそこを発展して行きながら皆様に応援してもらえるような柔道界を作っていきたいと思うので、引き続き応援を宜しくお願いします。
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おおよその講演内容は以上です。小生の理解力や表現力の問題で、井上先生の講演内容と異なっている部分があったかもしれませんが、あらかじめご了承ください。
柔道においてもデータ分析や活用が大いに役立っており、如何に活用していくかが、今後益々重要となって行く事をご理解頂けたのではないかと思います。パリでのオリンピックに向けて、もう3年を切っています。日本チームの活躍に期待していきたいし、井上先生の今後益々のご活躍により、日本柔道がより望ましい姿になっていく事を期待したいと思います。
ありがとうございました。
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令和3年12月27日
【第196号】

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