柔道ニュース 『リオ五輪日本代表が決まって』

みなさん、こんにちは。

熊本・大分地方の震災は、まだ余震が続いており、多くの方々が避難生活を強いられている状況です。

1日も早く安心して生活できる日が来ることを心よりお祈り申し上げます。

 

さて、今回のテーマは『リオ五輪日本代表が決まって』としました。

 

4月29日の全日本選手権で男子の100㌔超級の代表が決まり、これで男女合わせて14階級のリオ五輪日本代表が決定しました。

代表選手の皆さん、おめでとうございます。今回の男子代表は25才以下がほとんどなので、かなり若返ったという印象です。 選手選考の過程においては、最終局面である福岡での選抜体重別、男女の全日本選手権にて、必ずしも本命視されていた選手が優勝して代表になったわけではありません。計り知れないプレッシャーや上位選手の力が拮抗しているといった見方もあるかと思います。

そこで今回はあえて選考から外れた選手をご紹介します。

一般的にスポーツ選手のピークは決して長くはなく、4年に1度しかないオリンピック、日本のように選手層の厚い国etc.…色々な要因があると思います。

 

【浅見選手】

48㌔級で世界選手権2連覇(2010、2011)、2位2回(2013、2015)等、素晴らしい実績を残している選手です。

特にロンドン五輪の時は、世界選手権2連覇中であり、断トツの最有力候補と思われましたが、最後の選抜体重別での初戦敗退で涙を呑みました。今回の基準であれば選ばれていたと思われる選手です。この時も選抜体重別で1度でも勝てば五輪当確だったそうですが、まさかの初戦敗退でした。

その後、再度リオ五輪にチャレンジして、今回も最後の最後まで候補に残りデッドヒートを繰り広げました。

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【七戸選手】

100㌔超級で直近の世界選手権2位2回(2014、2015)。王者リネールをあと一歩のところまで追い込んだ実績もあります。

前回のロンドン五輪の時は、選抜体重別で優勝しましたが実績不足でした。

世界ランク3位で、出ればメダルの確率は高いと思いますが、五輪があと1~2年早ければ代表は間違いなかったと思います。

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【田知本(愛)選手】

最後にご紹介するのは、長らく78㌔超級のトップ選手である田知本選手です。

世界選手権では2位1回(2015)、3位は何と4回(2008、2010、2013、2014)も取っており、全日本女子選手権でも、直近の4年間で2位、2位、優勝、2位と連続して安定した強さを維持しています。 前回のロンドン五輪の時も世界ランク1位で最有力候補と思われていました。しかしながら、選抜と全日本の両方で敗れ、代表には至りませんでした。その後、リオ五輪を目指して再度研鑽を積み、上記のような成績を収め、世界ランクでも5位と日本人トップに位置していました。

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以上、3選手をご紹介しました。

ここでもう一人、歴代選手の中から五輪に縁の無かった偉大な選手をご紹介します。

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【藤猪選手】

主に1970年代に活躍された選手です。

中量級(後に78㌔級)で世界選手権4連覇しました(1971、1973、1975、1979)。当時の世界選手権は隔年開催で、途中1回(1977)は開催中止もありましたので、実質10年位王者を維持していた事になります。 にもかかわらず、五輪の舞台にはついに立つことなく引退されました。内1回はモスクワ五輪で、日本が不参加となったため『幻の日本代表』でした。当時山下選手と共に金メダルの最有力候補でした。外国人選手には1度も負けた事はありません。大きな選手にも強く無差別の全日本選手権でも3位入賞。

また、小生が大学生の頃、天理高校出身者から『藤猪先生は技が綺麗なので投げられても痛くないんです』と聞いた事があります。

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五輪はマスコミなど世間の扱いが他の大会とは全く違います。国によっては金メダルをとったら一生生活を保障されるなど、名実共に得る物は大きいと思います。

一方、世界選手権は五輪より参加選手数も多く、階級によっては1つの国から2名まで参加が許されるなど、五輪以上に勝つことが難しい大会という見方もあると思います。

今日ご紹介した選手達は、その世界選手権で複数回上位進出しているすばらしい選手なのです。

 

 

平成28年5月6日

【第155号】