柔道ニュース  『柔道、時代が変わっても変えてはいけない事』

みなさん、こんにちは。

 

大相撲の稀勢の里関が初優勝して横綱に昇進しました。

日本出身力士として、3代目若乃花関以来19年ぶりの横綱誕生だそうです。また、モンゴル勢全盛の時代、そして日本でも学生相撲出身力士が多い時代に、中卒叩き上げの古武士のような稀勢の里関の活躍はとても意義あるように感じます。

また、早くから注目され、これまで何度もチャンスがありながらもなかなか結果を出せず、その間に照ノ富士関、琴奨菊関、豪栄道関に先に優勝されるなど、複雑な心境であった事と思います。そうした気持ちも表に出さず、優勝が決まった時も喜びの声は「うれしいですね」の一言でした。

「(白鵬が負けての優勝を)過剰に喜ぶのも…。まだ場所も終わっていなかったから」。

少ない言葉の中にも思いが伝わります。これは、同じ対人競技である柔道の精神にも通じるものだと思いました。

今後の活躍に期待したいと思います。

 

さて、今回のテーマは『柔道、時代が変わっても変えてはいけない事』とさせて頂きました。

 

先頃、全柔連副会長の山下先生が理事長をされているNPO法人柔道教育ソリダリティーの「10周年記念シンポジウム・10周年祝賀会」に参加させて頂きました。

山下先生、全柔連男子監督の井上先生、全柔連女子コーチの塚田先生などが登壇されたパネルディスカッションが中心でしたが、とても興味深い話が多数ありました。今日はその一端ではありますが、柔道がルールも含め変遷していく中で、時代と共に変化しても構わない事と変えちゃいけない事についてのお話をご紹介させて頂きます。

山下先生が以下のような話をなさっていました。

 

今回のルール改正に携わった。

柔道も時代と共に変化しても構わない事と変えちゃいけない事があると思う。

 

一つの例を紹介したい。

2003年に国際柔道連盟の理事になる前に、1ヶ月米国に語学留学した。その際に米国の大手放送会社NBCの副社長であるピーター・ガードナー氏と1時間くらい話す機会があった(多分、以前当欄でご紹介したコバセビッチ氏がアレンジされたと思います)。

ガードナー氏が、これまで柔道にあまり関心が無かったが見てみるとおもしろいと感じた。でも、米国ではあまり人気が無いという話が出たので、どうしたらもっと多くの人に柔道に親しんでもらえると思うかについて伺った。

 

2つ話があった。

1つは感情表現。

柔道では、選手も審判もコーチも、勝っても負けてもあまり感情を表に出さない。米国人は感情をもっとストレートに表現する姿を見ると喜ぶ。また、審判のジャッジももっと大げさな位が良い。

 

2つ目は言葉。

柔道では日本語が使われているが、日本語ではわからない。米国でもっと支持されるためには英語に変えた方が良い。

 

2つとも、なかなか説得力がある話だった。なるほどと思って話を聞いていた。でも、会談が終わってふと思った。この2つが柔道で絶対に変えてはいけない事だと。

 

何故柔道で「礼」が大事か。柔道では、戦う相手は敵では無い。相手がいるから自分を磨き高める事が出来る。柔道で最も大切な事の1つは、相手に対して敬意・尊敬の気持ちを持つ事。これを表しているのが日本式のお辞儀。柔道の教育的な価値というのは、国際柔道連盟でも非常に大事にしている。

もう1つは、どういう状況にあっても自分を律する事。これも大事。

ガッツポーズについての話もよく聞かれる。

剣道はガッツポーズをするとルールで技のポイントを取り消されるが、柔道でもそうすれば良いという意見もある。私は絶対反対。何故か。

 

どんな状況にあっても自分の気持ちをコントロール出来る事が大事。そして試合場でも畳の外に出てからでも相手に対しての尊敬の気持ちを失わない事。これをルールで強制させたのでは日常生活に生かすことは出来ない。

柔道の教育的価値、柔道を通した人間教育、これを忘れたら形は柔道でも中身は柔道では無くなる。

 

もう1つ。柔道で使われている言葉が日本語だから柔道を通して多くの人が日本に対して興味・関心を持ってくれる。

プーチン大統領も言っていた。「礼」「始め」「引き分け」、初めは何のことかさっぱりわからなかった。でも、これらを使い続けるうちに意味がわかり、同時に日本の文化に対する興味関心が芽生えていったと。これはプーチン大統領だけに限られた話ではない。

 

今回のルール改正に携わった。

柔道の「一本」に代表される醍醐味と柔道の教育的価値、この2つだけはどんなに時代が変わっても変えてはいけない。しかしながら、それ以外は時代と共に変化しても良いと思っている。

ルール改正には、かなり熱い、熱心な議論がなされた。その中では、どうしたら柔道を知らない人達が見て「理解出来る」「わかりやすい」「やりたい」「見たい」という気持ちになってくれるか、「メディア等でももっと扱ってもらえるようにしていけるか」が視点だった。しかしながら、教育的価値については譲れないと。

国際柔道連盟も随分変わってきたと感じた。

 

以上のような話でした。

山下先生の思いをどこまで表現しきれているかはわかりませんが、概要はご理解頂けるのではないかと思います。

私たち柔道に携わっている者、柔道をしている子供達の親としても、心に留めておきたい話ではないかと思いました。

機会がありましたら、その他の話もご紹介したいと思います。

また、この会を運営された関係者の方々にも感謝したいと思います。

 

平成29年1月28日

【第164号】