柔道ニュース 『伸びる選手の特徴とは』

みなさん、こんにちは。

12月も後半になり、今年も残すところあと僅かになってしまいました。

みなさんは今年はどんな年だったでしょうか。

1年間を振り返り来年をどんな年にしたいかを考えてみましょう。是非お子さんたちとも話してみてください。

 

さて、今回のテーマは『伸びる選手の特徴とは』です。全日本柔道連盟の強化委員長であり、日大柔道部監督の金野先生の講演会に参加させて頂きましたので、その内容についてご紹介したいと思います。

 

まず冒頭で自己紹介をされました。

金野先生は埼玉県川口市の出身、地元の中学校で部活動を決める際に、第1希望の水泳部が一杯で第2希望の柔道部に入部しました。第2希望といっても、隣の生徒が書いたので書いたという程度でした。

入学当初、腕立て伏せが1回も出来ず、逆上がりも出来ない、走るのも遅く、いわゆる運動神経の悪い子でした。中学時代の柔道実績は、川口市の大会で1回戦負けが唯一の公式記録でした。

そんな訳で、どの高校からもスカウトの声がかかる訳もなく、日大一高に普通に試験を受けて進学しました。

このように先生自身も最初からエリート選手だった訳では無かったのですが、同じように高校までは芽が出なくて、その後急成長を遂げた選手をたくさん見てきたそうです。今回の話は先生の経験から得たものであり、個人的見解との事でしたが、非常に興味深い話がたくさん聞けましたのでご紹介します。

 

◆伸びる選手の特徴1

【気が小さい】

 

高校くらいまで実績の無い選手でその後伸びた選手は、みな気が小さいという共通項がある。選手の中には気が大きい、気が強い選手ももちろんいるが、後から少しずつ強くなっていった選手は百パーセント気が小さい選手。

 

リオ五輪で100キロ級金メダリストのチェコのクルパレク選手(チェコで初の金メダリスト)は、以前から日大に練習に来ていた。

一緒に食事に行った際、ビールを飲むかと聞いたら返事はノー。ビールは嫌いかと聞いたら、いや一番好きな飲み物だと言う。では何故飲まないのかと聞くと、

「自分はオリンピックで金メダルを取ると決めている。その目標のためにほんの少しでもマイナスになる事はやりたくない。だから金メダルを取るまでは一滴も酒は飲まない」

彼は6年間禁酒して、見事金メダルを獲得。

 

もうひとつ。茨城県の土浦日大高校で長年監督をされ、塚田選手(アテネ五輪金メダル)や福見選手(世界チャンピオン)を育てた名伯楽の落合先生に聞いた話。

塚田選手や福見選手は他の選手と何が違うのですか?

答えは「大して変わらないよ」だった。

「何かを100回やれと指示した時に、99回しかやらない選手は問題外。絶対に強くならない。100回やる者はそこそこにはなる。塚田や福見は、101回か102回やった。それだけ」

たったそれだけの違いですか?

「そうだよ。もし他の選手が105回やったら106回か107回やった。その積み重ね」

 

大学や全日本の合宿などでも、強くなり続ける選手は絶対に練習で手を抜かない。

400メートル走をやっても、395メートルで手を抜く選手は多い。伸びる選手は最後まで全力で走っている。

このように、日々のほんの少しの差が後々の大きな違いにつながる。小さな事を大事にできるかどうか、気が小さいと言う事は、伸び続けるための必須条件。

 

更にもうひとつ。格闘家の青木真也選手の話を紹介する。

彼は静岡学園高から早稲田大、警視庁で柔道をその後格闘家に転身した。日大のコーチが高校の先輩後輩という関係から日大に指導に来てもらった事がある。

彼がクルパレク選手と同じような話を著書の中で書いている。

『もしも本当に強くなって格闘技一本で食べて行きたいならば、エネルギーを投下すべきところは間違いなく格闘技だけだ。それ以外に費やす時間と金は無駄遣いでしかない。良い服を着たい。良い家に住みたい。女と遊びたい。友達とも飲みに行きたい。家族も持ちたい。その上で「格闘技に命かけています」と言ったって、そんなの夢ですらない妄想だ。何かを得るためには、それ以外のすべてを捨てなくてはならない』

警視庁を退職する際は、反対する人も多かった。安定した生活を捨ててまで総合格闘家になる事は無いのではと。

でも彼は初志を貫き夢を実現、収入面でも金額は言わなかったが、30才くらいで既に警察官の生涯年収以上の報酬を得たという。

 

◆伸びる選手の特徴2

【目に力がある】

 

日大に選手をスカウトする時、一番着目しているのは目である。

全日本チャンピオンでリオ五輪銀メダルの原沢選手は、高校2年時点で女子選手に勝てない、強く無いと言うより弱い選手だった。中学や高校のだいたいの選手の事は把握しているが、原沢選手の事は高校2年まで知らなかった。

初めて知ったのは高校2年の終わりの高校選手権。すぐに負けた。それも年下の選手に負けた。ただ、全く歯が立たなかったが最後まであきらめない目の力を物凄く感じた。それで日大にスカウトした。

入学時、柔道部以外も含む運動部の新入生が集まった席で、レスリング部の高名な監督から、あのひょろひょろっとした奴は誰だと聞かれ、あいつはモノになるぞと言われた。理由を聞くと他の奴とは目が違うと言う。

わかりますか!と言ったらバカヤロー、オレを誰だと思っているんだ(笑)

もう一人、今年の講道館杯優勝の向選手(現在4年在学中)も高校時代インターハイ5位が最高の選手だったが、やはりそのレスリングの監督に目が他の選手とは違うと言われた。入学後は全日本ジュニア優勝、全日本学生体重別優勝、講道館杯優勝と好成績をあげている。

 

日大の道場に貼ってある言葉がある。

 

我が運命を決めるのは我なり

我が魂を征するのは我なり

 

これは南アフリカの元大統領の言葉だが、ここで言いたい事は、目に力がある選手は腹が座っており、自分でやるという強い意志を持っているという事。人に言われて練習するようではダメ。この2人にもっと練習しろと言った事は(凄く強調して)一度もない。むしろ、それ以上やったらオーバーワークになるからとやめさせた事は何回もある。

 

◆伸びる選手の特徴3

【本を読んでいる】

 

本を読む事の意味は2つある。

一つは、柔道は対人競技。言わば相手との「読み合い」の勝負。本を読む事で考えるようになり、また、自分と違う考え方を学ぶ事も出来る。

日大柔道部では、入学時に本を読み読書感想文を提出させている。

原沢選手は「相対性理論について」だった。向選手は、本は高校卒業まで一冊も読んだ事が無いと言う。それでも読んで書くように言ったら、マンガ本の感想文を書いてきた(笑)。それでも3、4年生になってくると「先生、今こんな本を読んでいますがおもしろいですよ」と新しい本を紹介してくるようになってきた。柔道も入学した頃は一方通行で勝てない事が多かったが、最近は相手の虚を突いたり意表を突いたりという事が上手になってきた。私は本を読んで学んだ事は大きいと思っている。

 

もう一つ、本を読むと感性を鍛える事が出来る。

柔道の基本は、学ぶ事・真似る事から始まるが、最後は自分に合ういいとこ取りをして自分のスタイルを確立していく。何が必要で何がいらないかを判断するには知識と感性が大事。どんな本でも良い。活字を読む習慣を付けて、見える世界が変わっていく事を体感して欲しい。

 

◆伸びる選手の特徴4

【運がいい】

 

何事でも成功した人は運の良さ強さを持っている。では、どうしたら運が回ってくるのか。

よく優勝インタビューなどでお世話になった人達に感謝したいという話を聞く。感謝の心、ありがたいという気持ちを持っている人には運が回ってくるようだ。

世界選手権7連覇、五輪金メダリストで女子柔道界の大スターだった谷選手がおもしろいことを言っていた。既にオリンピック金メダリストの谷選手に柔道を少しかじった程度の人からももっと柔道をこうしたらとかこんな練習をしてみたらと言う話をされる事がある。すると谷選手は、聞き流さずに必ず翌日の練習で取り入れてみたそうだ。それもふざけ半分にでは無く本気で。

普通なら、頂点を極めた選手が少しかじった程度の人の言う事を本気で聞く耳をもつ事は難しいと思う。でも谷選手は違った。理由は、例え柔道はかじった程度でも、自分が強くなるために良かれと思って進言してくれるものだから。そうした話もしっかり身につけていくと試合で勝てるようになるんだと。

谷選手は実力も凄いが運にも恵まれている選手だと感じる。そして、その運を引きつけているのは日頃の努力や行動だったように思う。

 

◆伸びる選手の特徴 番外編

【子供と適度な距離感を保てる】

 

子供がある程度大きくなったら適度な距離感を保てる事は大事。

原沢選手の親御さんは4年間で試合を観に来たのは1度だけ。全日本で優勝した時も観に来ていないし、テレビも観ていない。夜になってお礼の電話がかかってきたが、夜のニュースで知ったとの事だった。

一方、距離が近すぎて子供の成長を妨げている話もある。子供の成長、子供の成功を願う気持ちは良くわかる。自分も子を持つ親として自戒の念を込めて言うが、子供の目線でモノを見るのは大事な事だが距離が近くなり過ぎて子供と同じ所しか見えなくなってしまうのは良くない。目線は落としてもある程度距離感を持って、全体感の中でこの先歩む方向性を判断してアドバイスしてあげるのが、指導者や保護者の役割と思っている。

 

◆伸びる選手の特徴5

【使命を持っている】

 

・何のために勝つの

・勝つことの意味って

・成功って何

・高めた能力で何をするの

 

使命(ミッション)を持つことでモチベーションが持続する。

 

最後に、全日本柔道連盟は最強の選手では無く最高の選手を育てる事をミッションにしている。結果にもこだわるが、それだけでは無い。

また、柔道の創始者嘉納治五郎先生は、「自他共栄」と説いた。自分と他人(社会)を共に繁栄させる事が柔道の目的だと。それが無ければいくら強くなっても意味がないという事。

皆さんも(聴講者の大部分は高校生)将来伸び続ける人・選手を目指して欲しい。そして、様々な経験をして様々な事に悩み、たくさんの人に助けられて成長して、やがては日本のため世界のために大活躍をしていって欲しい。

今日は熱心に聞いてくれてありがとうございました。

 

以上が金野先生の講演会の概要でした。

たいへん参考になるいい話でした。とても興味を持って楽しく、また、熱心に聴かせていただいたのですが、私の至らなさで部分的に良く聞き取れなかった箇所もあるし、先生の意図する所をどこまで表現出来ているかは心もとないところですが、当欄をご覧いただいている方々に参考にしていただけるのではと思い、ご紹介しました。

成長は能力だけで無く、考え方や行動によって得られるものだという事、そして自身が成長し続けられるよう日々努力して欲しいと言うのが金野先生の言いたかった事ではなかったかと感じました。

 

この講演は11月26日(日)に群馬県桐生市の桐生第一高校にて開催された、日本大学文理学部体育学科同窓会の地方講演会 群馬県大会でのものでした。

当初120名の定員が400名以上集まり、とても盛況でした。参加者はほとんどが高校生でしたので、金野先生は高校生が興味を持って聞いてくれるよう工夫しながら話をされていました。

 

金野先生やこの会を開催された同窓会の方々、桐生第一高校の方々に感謝申し上げます。

 

いよいよ年の瀬です。

みなさん、どうか良いお年をお迎えください。

 

平成29年12月17日

【第173号】