柔道ニュース 『柔道家の著書②』

みなさん、こんにちは。
いよいよ5月もあと少し。今週末は南埼玉郡市大会です。日頃の成果を出せるよう、コンディションを整えて臨みましょう。

さて、今日のテーマは『柔道家の著書②』です。前回の鈴木桂治選手に続き、今回は野村忠宏選手の本を紹介してみます。

『折れない心』 野村忠宏著  学研新書

野村選手は、前人未踏のオリンピック3連覇の偉業を成し遂げた、希代の柔道家です。一方で、4度目の出場を目指した北京五輪には出場を果たせず、膝の前十字靭帯断裂という大怪我もしました。強化選手からも外れ、怪我のリハビリと35才という年齢とも闘いながら、さらにロンドン五輪を目指し現役選手を続けています。
そんな野村選手が綴る【闘い続ける理由】と【折れない心の作り方】、非常に興味深い内容です。

野村選手は、奈良県出身。お祖父さんは町道場の館長、お父さんは名門天理高校の元監督、叔父さんはミュンヘン五輪金メダリストという柔道一家に生まれ、3才から柔道を始めました。恵まれた柔道環境で育った野村少年ですが、子供の頃は弱かったそうです。中学時代は県ベスト16。体も小さく、中学入学時点で、身長140㌢強で体重32㌔、中3でようやく45㌔。お父さんから天理高校入学時にかけられた言葉は、『無理して柔道を続けなくてもええぞ』でした。
1才上のお兄さんは、中学で県チャンピオン、西日本でも2位になっており、『入部するなら人の3倍努力する覚悟をもって入ってこい!』と言われたそうで、もっと自分に期待して欲しい、頑張れと言って欲しかったと書いています。おそらく【なにくそ精神】で人の何倍も努力したのでしょう。高校3年で初の県チャンピオンになりました。(インターハイでは予選リーグ敗退)
その後、体重は大学入学時点で55㌔、大学2年で50㌔台後半になり、やっと『60㌔級』の体になったそうです。
大学2年で初のタイトルである全日本学生体重別大会で優勝。そして、大学4年でオリンピックチャンピオンになりました。ですが、山下泰裕氏や井上康生氏のように、子供の頃から日本一という訳では無かったのです。また、オリンピック3連覇の間、ずっと圧倒的な第一人者に君臨し続けていたという訳でもありません。休養期間を取るなど心身のリフレッシュをはかりながら、オリンピックに照準を合わせていたようです。

では、ここで野村選手の小中学生時代の生活ぶりを紹介してみます。幼稚園から小学生までは、厳しい稽古をしていた訳ではなく、柔道を楽しんで過ごしたと綴っています。
また、ご両親の【子供にはあらゆる選択肢があって良い・文武両道】の方針から小学生時代は、柔道が週3回、水泳が週2~3回、週末には野球。その合間に公文式と書道教室と学習塾。超ハードスケジュールだったと語っています。しかし、おかげで勉強も含めてあらゆる世界に視野が広がったそうです。
中学時代は、朝6時発の電車に乗って、学校に到着するなり早朝トレーニング。夕方から道場で練習し、電車に揺られて帰宅したら、今度はその足で学習塾。中3の時は週6のペースで学習塾通いだったそうです。
さすがに高校・大学時代は全寮制の天理の柔道部ですから、柔道一筋だったと思いますが、子供の頃から柔道ばかりという訳では無かったようです。

他のエピソードとしては、これほどの選手でも、試合前には「負けたらどうしよう」と不安と恐怖で一睡もできなくなるとか、とても臆病で、関西弁でいう「ビビリ」(怖がり)な性格だという記述も出てきます。
更に、世間では【天才】とか【練習嫌い】と言う声もあるようですが、練習でとことん自分を追い込まないと弱い自分を克服出来ないとか、試合前にはゲンかつぎに青いパンツを履くとか、神社に神頼みに行くなんていう意外な側面も語っています。

他にも、ご両親の事、奥様や息子さんの事など、盛りだくさんです。

興味がある方は、是非ご一読ください。

平成22年5月27日
【第31号】